なぜ、いまクラフトビールなのか?

現代クラフトビールブームの裏側
現在、日本国内でビールを醸造するブルワリーの数は1,000社を超えると言われており、毎年100社近くが新たに開業しています。このようなクラフトビールブームの背景には、1994年の酒税法改正が大きな転機となりました。
当時、ビールの製造免許を取得するには年間2,000キロリットル(約633万リットル)の生産が必要で、小規模事業者には極めてハードルが高いものでした。しかし酒税法の改正によって、この条件が年間60キロリットル(約6万リットル)に大幅に緩和され、個人や中小企業によるビール製造が現実的なものとなったのです。
この法改正を受けて、1994年から1997年にかけて全国で200を超える「地ビール会社」が設立され、これがいわゆる第一次地ビールブームです。しかしその多くは醸造技術の未熟さや、無理に地元の特産品を使った商品開発などが仇となり、品質の低下を招いて淘汰が進みました。結果として、2003年頃までにこのブームは終息します。
とはいえ、地ビールブームの終焉後も、技術を磨き続けた一部のブルワリーは残り、現在では世界的なビアコンペティションで受賞するなど、高品質なビールを製造しています。
「地ビール」から「クラフトビール」へ。第二次ブームの到来
2000年代後半になると、「地ビール」は「クラフトビール」という呼び方に変わり、2007年頃から2010年代後半にかけて第二次クラフトビールブームが訪れました。この時期には、サードウェーブコーヒーのように、品質や個性を重視する文化が浸透し、新進気鋭のクラフトブルワリーが台頭してきました。
しかし、その勢いに水を差したのが2020年初頭から世界中に拡大した新型コロナウイルスのパンデミックです。
コロナ禍とクラフトビール業界
2020年1月30日、世界保健機構(WHO)は新型コロナウイルスを「国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態」として発表しました。これにより世界は未曾有の経済不況へと突入し、日本でも飲食業界を中心に大きな打撃を受けました。
クラフトビール業界も例外ではなく、多くのブルワリーやビアバーが撤退に追い込まれました。特に飲食店への供給を主軸にしていたマイクロブルワリーは営業の継続が難しくなりました。
その一方で、このコロナ禍の期間(2020年〜2023年)は、クラフトビールが“ブーム”から“文化”へと進化する転機でもあったと感じています。
「家飲み」とクラフトビールの普及
外出自粛や飲食店の営業制限が続く中で、生活スタイルは大きく変化しました。人々は「おうち時間」を楽しむ方法を模索し、大手ビールメーカーはオンライン醸造見学や、グラス付きの家飲みセットなど、家庭向けの販売施策に注力するようになりました。
クラフトビール業界でも同様に、オンラインツアーやECサイトの開設、さらには缶ビールの普及が一気に進みました。
クラフトビールが「缶」で身近に

今ではスーパーやコンビニでもクラフトビールの缶をよく見かけるようになりましたが、コロナ以前は大手メーカーの商品しか並んでいないのが一般的でした。
私自身、コロナ禍のさなかに全国を回って流通関係者と話す中で、クラフトビールが流通しない理由として以下の3点が挙げられていました。
- 瓶は輸送コストが高い
- 瓶は劣化リスクが高い
- 瓶は棚に並べにくい(棚の高さや形状が合わない)
特に3つ目の「棚に並べにくい」という点は、瓶の使用量が減っているという業界全体の流れも関係しており、実際に瓶用の棚すら用意されない店舗が増えているのです。
この課題を一気に解決したのが、缶ビールでした。
さらに、国や自治体による補助金制度が小規模醸造所の缶充填設備の導入を後押しし、結果として多くのクラフトビールが家庭用市場へと流通するようになったのです。
クラフトビールは文化へ
かつては「旅先で飲む特別なビール」「専門バーでしか味わえない個性派ビール」だったクラフトビールが、今や家庭の食卓にも並ぶ存在となりつつあります。
瓶から缶へ。店舗販売からオンラインへ。そうした変化を経て、クラフトビールは一時の流行ではなく、日本酒やワインのように、日本の文化として根付く段階に入ったと私は感じています。